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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2565号 判決 1964年5月06日

控訴人

総武信用組合

右代表者代表理事

田口厳

右訴訟代理人弁護士

岡本喜一

近藤健一

秋山清光

被控訴人

三愛石油株式会社

右代表者代表取締役

市村清

右訴訟代理人弁護士

田村福司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否、援用は次のとおり附加するほか、原判決事実欄に記載するところと同一であるからこれを引用する。

(被控訴人の主張事実)

(一)  訴外望月銀作の本件手形保証が無権代理行為であるとしても、控訴人は昭和三四年六月初旬追認をした。

(控訴人の主張事実)

(一) 被控訴人主張の無権代理行為の追認の事実は否認する。

(証拠関係)<省略>

理由

第一審被告新日本テレビ技術株式会社は、昭和三四年五月三〇日、被控訴人を受取人として、同日控訴人総武信用組合築地支店長望月銀作の支払保証した、額面五〇〇万円、振出地、支払地共東京都中央区、支払場所控訴人組合策地支店、支払期日昭和三四年一〇月三〇日なる約束手形(以下本件手形という)一通を振出したこと、右手形の所持人である被控訴人が、支払期日に右手形を支払場所に呈示して支払を求めたが、取引停止処分により解約後であるとの事由で支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。

中小企業等協同組合法上の信用組合においては、理事の過半数の決定又は理事会の決議により組合の使用人たる参事を選任することができ、参事は商人の商業使用人の一つである支配人に関する規定が準用され(中小企業等協同組合法第四四条)、参事は支配人と同様な匂括的かつ定型的な代理権を有する。その代理権は、そのおかれた組合の主たる事務所(商人における本店)又は従たる事務所(同上の支店)における組合の事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限を有し、その代理権に制限を加えてもこれをもつて善意の第三者に対抗することはきない(同法第四四条第二項、商法第三八条第一項第三項)。

そして又、参事には支配人に関する商法第四二条も準用されるから組合から参事に選任され、参事の権限を与えられていなくとも組合の主たる事務所又は従たる事務所(本、支店の営業の主任たることを示すべき名称を附した使用人はその事務所の参事と同一の権限(たゞし裁判上の行為についての権限は除外される)を有するものとみなされるが、相手方が悪意であつた場合には、右規定の適用が排除される。そして支店長なる名称が従たる事務所(支店)の営業の主任者たることを示す名称であることは明かである(以上のとおり解すべき理由については原判決の理由に示すところを引用する、原判決六枚目表一〇行目から七枚目表八行目まで)

ところで、控訴人組合が中小企業等協同組合法にもとずく信用組合であること、訴外望月銀作が前記手形の支払保証をなした当時控訴人組合の策地支店の支店長であつたことは当事者に争がない。しかし右望月が控訴人組合の参事であつたことの認められる証拠はないから、右望月は前記商法第三八条第一項の代理権限を当然に有するものとなすことはできないけれども、右望月は、控訴人組合の策地支店長であつたから、参事ではなくとも、右支店の営業に関し参事と同一の権限を有するものとみなされる結果右望月は右支店の営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有するものといわなければならない。そして右権限には手形保証の権限をも含むことは明かである。

控訴人は、右訴外望月の手形保証の権限は制限されていたものであつて、被控訴人は右望月が手形保証をなした本件手形の取得した当時、右望月が手形保証をなす権限を有しなかつたことを知つていたと主張する。

(一) 信用組合の支店長については手形保証をなす権限は商慣習として制限されていたか否かの点について判断するに、(証拠)を合せ考えると、被控訴人が本件手形を取得した昭和三四年五月三〇日当時頃右のような商慣習は存在しなかつたことが認められて、右の認定をくつがえす証拠はない。

(二)  (証拠)を総合すると控訴人組合は築地支店長たる訴外望月に対し手形保証をなす権限を特に制限したことはなかつたこと、しかしながら、控訴人組合においては支店長が、手形保証をなしたこと(従つて、手形保証の形式で取引先に金融の便宜を与えることも)はなく、かつ、金額二〇万円以内の貸付については支店長において独断専行することができたが、これを超える金額の貸付については本店に禀議し許可を得てなす建前となつていたことが認められる。右の事実に徴すると、手形保証の形式で取引先に金融の便宜を与えることは貸付と同様の事故防止策を講ずる必要のあるものであるから、貸付の場合と同様二〇万円を超えた手形保証をなすについては本店に禀議してその許可を受くべきものであると認めるが相当である。この認定に反する(証拠)は措信できない。

(三)  (証拠)を総合すると、訴外東日本物産株式会社が被控訴人の販売店として取引を開始するに当つて、昭和三四年五月中旬頃、第一審被告新日本テレビ技術株式会社が右訴外会社の保証人として、被控訴人に対し訴外会社と連帯して責に任じ、かつその保証債務の履行を確保するための担保を提供することを約したこと(右約定についての販売店取引契約書は本件手形振出の後同年六月一日作成された、甲第一号証)、右約定にもとずいて、本件手形が振出されたものであるが、本件手形は右新日本テレビ技術株式会社の代表取締役佐々木孝夫が作成し、これに前記控訴人組合の築地支店長として右望月が手形保証をなし、東日本物産株式会社の代表取締役中田敏夫を介して被控訴会社の営業課長内田喜久雄に交付されたものであることおよび被控訴会社は本件手形を正当と信じて、その後、東日本物産株式会社との取引を開始したことが認められる。右認定に反する(証拠)は措信できない。なお前記佐々木孝夫、常盤利美は右手形の授受は新日本テレビ技術株式会社の社長室でなされたもので被控訴会社からは内田喜久雄が来社したが、その席に右望月も臨席し、その席上中田敏夫に対し本店の了解は得ていない旨告げていたから右内田もこれを聞知している旨供述しておるけれども、(証拠)に照らすとたやすくこれを措信することはできない。

(四) (証拠)を総合すると、訴外佐藤慎一は昭和三四年六月一日付で被控訴会社の東京営業所長に就任したが、就任後二、三日たつて、東日本物産株式会社との取引についての前記約定書および右取引上の債務の履行確保のため被控訴会社が受取つてあつた、前記望月が控訴人組合の築地支店長として手形保証した本件手形のあることを知つた。右佐藤はもと株式会社神戸銀行銀座支店長であり、神戸銀行においては特定の支店長のみが手形保証の権限を有するものであつたので、同月一〇日前後頃、右銀座支店の支店長代理福岡琢磨を介して、控訴人組合に築地支店長が手形保証をなす権限があるかどうかを問合せたところ、控訴人組合の預金課長代理塚本行から、右権限があるとの回答を得、さらに、控訴人組合の築地支店に赴いて、右望月に面会して、本件手形に押捺された印鑑の真偽、手形振出人である新日本テレビ技術株式会社の信用状態などを調査したことが認められ、右の認定に反する前記(証拠)は措信できない。右事実に(鑑定の結果)をあわせると右佐藤慎一は、右望月に手形保証をなす権限を有するか否かについて多少の疑念を抱いていたであらうことはこれを推認することができる。(これに反する前記佐藤慎一の証言部分は措信できない)。しかしながら、右佐藤において右望月が手形保証のなす権限を有しないことを認識していたことは本件全立証によつてもこれを認めることはできない。しかも右佐藤の被控訴会社の東京営業所長に就任し、本件手形の存在を知つたのはすでに被控訴会社において本件手形取得後であるから、かりに佐藤において、望月が手形保証の権限のないことを了知するに至つたとしても被控訴会社が悪意の手形取得者であるとすることはできない。

(五)鑑定人伊藤正美は都市銀行を除いたその他の金融機関では支店長が約束手形の債務保証をなすことについて、その権限を有しないであろうと一般取引者が疑問をいだくほど、実際の取引では行われていない旨鑑定しているけれども、(証拠)に対比して考えると巷間支店長が手形保証をなすことが屡々行われていたから金融機関において手形保証についての申合がなされたものであると認められるのであつて、本件手形を取得した被控訴会社の営業課長内田喜久雄が取得当時善意であつたこと(善意あるからこそ、本件手形を保証として被控訴会社は東日本物産株式会社と取引約定書を作成しその取引を開始した)、東京営業所長佐藤慎一は一応疑念をいだいて調査したが、未だ悪意を認めるまでには至らないものとする前記認定の妨げとはならない。

以上の理由により被控訴人が右望月に手形保証の権限が制限されていたことを知つていたとの控訴人の主張は採用できない。そうすると控訴人は本件手形の保証人として、被控訴人に対し、手形金五〇〇万円と支払期日の翌日である昭和三四年一〇月三一日以降完済まで手形法所定年六分の割合による利息を支払う義務がある。

従つて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官牧野威夫 裁判官満田文彦 浅賀栄)

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